NH SPORTS 日本ハム(株) | セレッソ大阪

@2018 CEREZO OSAKA

スポーツを通じて
夢と喜びを提供する

日本ハム(株)はセレッソ大阪の
オフィシャルパートナーです

@2018 CEREZO OSAKA

Nipponham Cerezo OSAKA

セレッソ大阪との取り組み

トップパートナーとして
運営・支援

「食とスポーツで心と体の元気を応援」する企業として、スポーツ文化の普及、市民スポーツの振興、地域社会への貢献に努めるとともに、選手たちが全力で戦う姿を通して感動や夢をお届けしていけるよう、株式会社セレッソ大阪の前身である大阪サッカークラブ株式会社設立時の1993年12月6日より、トップパートナーとして運営・支援を続けております。

スポーツと食の連動

セレッソ大阪ホームゲームでは、「ニッポンハムサポーティングマッチ」として特設ブースを設置し、フォトスポットやノベルティ提供などのイベントや、各スタジアム飲食店様にてニッポンハムグループの食材を使用した商品の販売をしていただくなど、イベントを通して「食」と「スポーツ」を楽しんでいただくための活動を続けています。

Nipponham Cerezo OSAKA

セレッソ大阪の歴史

1993年12月6日に設立され、大阪府大阪市・堺市をホームタウンとして展開している「セレッソ大阪」は「スポーツを通じて夢と喜びを提供する」ことを企業理念として活動しています。
2017年11月にはクラブ初タイトルとなる「ルヴァンカップ」、2018年1月には「天皇杯」優勝を成し遂げました。

HISTORY

HISTORY

大社義規cerezo

1993年12月6日、大阪サッカークラブ株式会社設立披露パーティーを開催し、公募により決定したチーム名「セレッソ大阪」を発表。

神田勝夫
森島寛晃

「セレッソ大阪」の初年度は監督にパウロ・エミリオを迎え、Jリーグ昇格条件の2位以内を目指してJFLを戦い、見事優勝で昇格を果たす。

[監督]パウロ エミリオ
[主な選手]武田亘弘、トニーニョ、神田勝夫、久高友雄、森島寛晃、マルキーニョス

森島寛晃
ジルマール

94年W杯アメリカ大会優勝に貢献したGKジルマールを獲得し、Jリーグの舞台に挑んだ1年目は、年間8位という成績で終える。

[監督]パウロ エミリオ
[主な選手]森島寛晃、神田勝夫、梶野智、木澤正徳、皆本勝弘、山橋貴史、マルキーニョス、ジルマール、トニーニョ、バルデス

西澤明訓
神田勝夫

92年から実施していた長居陸上競技場の改修工事が完了し、7月27日にはブラジルのボタフォゴを招き、こけら落としマッチを開催。

[監督]パウロ エミリオ⇒楚輪博(5月〜)
[主な選手]ジルマール、森島寛晃、皆本勝弘、木澤正徳、神田勝夫、米倉誠、マノエル、村田一弘、古賀一成、西澤明訓

高正云
横山貴之

レヴィー クルピ新監督を招聘し、94年W杯アメリカ大会で韓国代表の背番号10を背負った高正云が加入。95年から守護神として活躍してきたジルマールが1stステージ限りで引退。

[監督]レヴィー クルピ
[主な選手]皆本勝弘、木澤正徳、梶野智、神田勝夫、森島寛晃、高正云、ジャン、ジルマール、西澤明訓、横山貴之、下川誠吾

加地亮
木澤正徳

W杯フランス大会に日本代表が初出場して大きく沸いたこの年、新監督に松木安太郎が就任。敵地での開幕戦となった大阪ダービーは森島寛晃・横山貴之のゴールで2-1と競り勝ち、アウェイでの大阪ダービー初勝利を飾る。W杯フランス大会に森島寛晃がセレッソ大阪の選手として初めて出場。

[監督]松木安太郎
[主な選手]下川誠吾、鈴木悟、西澤明訓、森島寛晃、橋口勝、ピンタード、マニッチ、白井博幸、藏田茂樹、ハ ソクジュ、木澤正徳、加地亮

黄善洪
盧廷潤

セレッソ初の欧州出身監督レネ デザイエレ(ベルギー)が就任した99年は、韓国代表FW黄善洪が24得点を挙げてクラブ史上初の得点王。クラブも史上最高となる6位の成績を収める。

[監督]レネ デザイエレ⇒副島博志(12月〜)
[主な選手]森島寛晃、下川誠吾、西谷正也、西澤明訓、原田武男、ペリクレス、内田利広、盧廷潤、眞中靖夫、黄善洪

尹晶煥
西澤明訓

1stステージは横浜FMと優勝争いを展開。残り2節となった第14節の直接対決では横浜FMに勝利して首位に立つも、最終節にホーム長居で下位に沈む川崎に延長戦の末に敗れ初優勝を逃す...。12月には西澤明訓がスペインへ移籍。

[監督]副島博志
[主な選手]田坂和昭、鈴木悟、尹晶煥、下川誠吾、西澤明訓、斎藤大輔、森島寛晃、藏田茂樹、盧廷潤、西谷正也

眞中靖夫
大久保嘉人

高卒ルーキーの大久保嘉人(国見高)や、即戦力の岡山一成(横浜FM)、大柴健二(浦和)などを補強するが、西澤明訓の抜けた穴を埋めきれず、開幕から5試合未勝利と低迷。副島博志監督を解任し、ジョアン カルロスを緊急招聘するもクラブ初のJ2降格に...。

[監督]副島博志⇒ジョアン カルロス(8月〜)⇒西村昭宏(11月〜)
[主な選手]斎藤大輔、田坂和昭、尹晶煥、鈴木悟、岡山一成、山内貴雄、森島寛晃、西谷正也、大柴健二、下川誠吾、眞中靖夫

濱田武
トゥルコビッチ

W杯日韓大会開催年となった2002年はクラブ初となるJ2での戦い。前年終盤に就任した西村昭宏監督が継続して指揮を執ると、リーグ最多得点を奪う攻撃力で昇格圏内の2位となり1年でJ1復帰を果たす。なお、西澤明訓と森島寛晃がW杯日韓大会のメンバーに選出された。

[監督]西村昭宏
[主な選手]鈴木悟、ジョアン、トゥルコビッチ、森島寛晃、喜多靖、久藤清一、根本裕一、布部陽功、西澤明訓、大久保嘉人、濱田武

バロン
大久保嘉人

1年でJ1に復帰してきたチームは1stステージを5位で終えるも2ndステージでは失速...。10月には西村昭宏監督に代わって塚田雄二ヘッドが監督に就任するなど9位で終える。天皇杯では3度目の決勝進出を果たすも初戴冠とはならなかった。

[監督]西村昭宏⇒塚田雄二(10月〜)
[主な選手]布部陽功、鈴木悟、森島寛晃、久藤清一、大久保 嘉人、バロン、多田大介、喜多靖、廣長優志、西澤明訓

古橋達弥
大久保嘉人

新監督が持病で来日できず急遽新指揮官を招聘するも3試合で解任。その後ヘッドコーチを昇格させるがチーム状況の好転は見られず、7月に小林伸二を新指揮官として招聘。J2降格が危ぶまれたがラスト4試合を無敗で乗り切り残留を決める。

[監督]ファド ムズロビッチ⇒アルベルト ポボル(4月〜)⇒小林伸二(7月〜)
[主な選手]西澤明訓、森島寛晃、伊藤友彦較、布部陽功、千葉貴仁、下村東美、大久保嘉人、徳重隆明、上村健一、久藤清一、古橋達弥

ゼ・カルロス
吉田宗弘

第19節〜第33節まで15戦負けなしの快進撃を続け首位で最終節を迎える。勝てば優勝が決まる歴史的な一戦だったが、2-1とリードして迎えたアディショナルタイムにまさかの失点。引分けとなり目前で優勝を逃してしまう...。

[監督]小林伸二
[主な選手]ブルーノ クアドロス、吉田宗弘、古橋達弥、久藤清一、森島寛晃、柳本啓成、下村東美、ゼ カルロス、前田和哉、西澤明訓、ファビーニョ

柿本倫明
名波浩

W杯ドイツ大会開催となったこの年、香川真司、山下達也、柿谷曜一朗など若手有望株が揃ったセレッソだったが、開幕から苦戦続きで4月に小林伸二監督を解任。塚田雄二監督が2度目の途中就任を果たす。6月にスペインから大久保嘉人(マジョルカ)、8月には名波浩(磐田)を獲得してチームの立て直しを図るが、5年ぶり2度目のJ2降格...。

[監督]小林伸二⇒塚田雄二(4月〜)
[主な選手]吉田宗弘、前田和哉、古橋達弥、西澤明訓、ブルーノ クアドロス、下村東美、ゼ カルロス、森島寛晃、大久保嘉人、名波浩、柿本倫明

小松塁
香川真司

J1復帰を目指し都並監督を招聘したが、開幕から3連敗を喫するなど5月にはクルピ監督(97年以来)に交代。香川真司、小松塁、柿谷曜一朗など期待の若手を積極起用していくが、5位に終わり1年でのJ1復帰はならず。

[監督]都並敏史⇒レヴィー クルピ(5月〜)
[主な選手]吉田宗弘、古橋達弥、前田和哉、江添建次郎、柳沢将之、アレー、ゼ カルロス、香川真司、濱田武、宮本卓也、小松塁、柿谷曜一朗

森島寛晃
前田和哉・森島寛晃・香川真司

チームは横浜FMから乾貴士を獲得するなどJ1復帰を目指して戦うが、結果は4位となり昇格を逃す。さらに、セレッソ大阪一筋で18年活躍し続けた“ミスターセレッソ”森島寛晃が現役引退を表明。ホーム最終戦では香川真司(試合後に背番号8を託す)との交代でピッチに立ち、ファン・サポーターへ別れを告げた。

[監督]レヴィー クルピ
[主な選手]前田和哉、ジェルマーノ、香川真司、柳沢将之、羽田憲司、小松塁、アレー、相澤貴志、江添建次郎、乾貴士

西澤明訓
柿谷曜一朗

香川真司・乾貴士・マルチネスなどの攻撃陣や、新加入のキム ジンヒョンを中心とした守備陣の活躍など開幕から5連勝すると、背番号8を受け継いだ香川真司がJ2得点王の活躍。チームは年間100得点を奪うなど2位となり4年ぶりのJ1復帰を決める。また、この年に復帰した西澤明訓が現役を引退。ホーム最終戦にてセレモニーが行われた。

[監督]レヴィー クルピ
[主な選手]キム ジンヒョン、石神直哉、羽田憲司、乾貴士、酒本憲幸、チアゴ、香川真司、カイオ、前田和哉、マルチネス

香川真司
キムジンヒョン

W杯南アフリカ大会開催となったこの年は、前半戦限りで香川真司がドイツへ移籍。それでも清武弘嗣、家長昭博、茂庭照幸や上本大海などの獲得に成功したチームは上位進出を狙うと、リーグ最終節で磐田に6-2で完勝。J1復帰初年度にして過去最高の3位に浮上。初のACL出場権を得る。

[監督]レヴィー クルピ
[主な選手]茂庭照幸、乾貴士、アマラウ、上本大海、家長昭博、丸橋祐介、アドリアーノ、キム ジンヒョン、マルチネス、清武弘嗣

乾貴士
茂庭照幸

東日本大震災(3/11)が発生したこの年、日程変更の影響などもありリーグ戦では12位と苦戦を強いられるが、ACLとYNCではベスト8、天皇杯ではベスト4に残るなど、カップ戦である程度の成績を残す。また、8月に乾貴士がドイツへ移籍、シーズン終了時にレヴィー クルピ監督が退任となった。なお、清武弘嗣がJリーグベストイレブンに初選出される。

[監督]レヴィー クルピ
[主な選手]倉田秋、キム ジンヒョン、丸橋祐介、茂庭照幸、キム ボギョン、清武弘嗣、上本大海、中後雅喜、小松塁、播戸竜二

清武弘嗣
山口蛍

ロンドン五輪イヤーは、セルジオ ソアレス新監督を迎えての船出も下位に苦しむ展開。夏には清武弘嗣やキム ボギョンが海外へ移籍。チームはJ1残留に向けて元ブラジル代表のシンプリシオを獲得し、3度目となるレヴィー クルピ監督を招聘する。なお、ロンドン五輪には山口蛍、扇原貴宏、キム ボギョン、杉本健勇(東京Vへ期限付き移籍中)、海外へ移籍した清武弘嗣などが出場した。

[監督]セルジオ ソアレス⇒レヴィー クルピ(8月〜)
[主な選手]茂庭照幸、藤本康太、山口蛍、キム ジンヒョン、酒本憲幸、扇原貴宏、柿谷曜一朗、ケンペス、丸橋祐介、清武弘嗣

南野拓実
杉本健勇

12月にクラブ設立20周年を迎えるこの年、昨年途中に清武弘嗣が海外移籍したことで、森島寛晃⇒香川真司⇒清武弘嗣と渡ってきたセレッソ伝統の「背番号8」が柿谷曜一朗へ継承される。柿谷は34試合に出場して21得点を記録するなどベストイレブンほか数々の賞を受賞。1月には練習拠点が舞洲へ移転。7月には香川真司のいるマンチェスター・ユナイテッドと親善試合を開催した。

[監督]レヴィー クルピ
[主な選手]キム ジンヒョン、柿谷曜一朗、扇原貴宏、山口蛍、丸橋祐介、シンプリシオ、酒本憲幸、山下達也、エジノ、南野拓実、杉本健勇

ディエゴ フォルラン
柿谷曜一朗

W杯ブラジル大会開催のこの年は、W杯南アフリカ大会でMVPに輝いたディエゴ フォルラン、新監督にランコ ポポヴィッチを迎えるも序盤から低迷。6月にマルコ ペッツァイオリに監督交代、8月に元ドイツ代表FWカカウ加入も好転見られず、9月には今季3人目となる大熊裕司が監督として指揮を執るも、一度狂った歯車は戻らずJ2降格...。なお、W杯ではセレッソから柿谷曜一朗と山口蛍、ウルグアイ代表でディエゴ フォルランが出場。7月には柿谷曜一朗が海外へ移籍した。

[監督]ランコ ポポヴィッチ⇒マルコ ペッツァイオリ(6月〜)⇒大熊裕司(9月〜)
[主な選手]山下達也、丸橋祐介、キム ジンヒョン、長谷川 アーリアジャスール、南野拓実、扇原貴宏、杉本健勇、酒本憲幸、山口蛍、ディエゴ フォルラン

山口蛍
玉田圭司

1月に南野拓実の欧州移籍を発表。新監督にパウロ アウトゥオリを招聘すると、プレーヤーでは玉田圭司や関口訓充のベテランを補強。ディエゴ フォルランとカカウが契約満了により夏に退団。リーグ戦は4位となりJ1昇格プレーオフに進出。決勝の福岡戦は1点リードで迎えた終了間際に失点...。J1復帰はならなかった。

[監督]パウロ アウトゥオリ⇒大熊清(11月〜)
[主な選手]山下達也、丸橋祐介、パブロ、山口蛍、染谷悠太、扇原貴宏、玉田圭司、関口訓充、田代有三、ディエゴ フォルラン

リカルドサントス
丸橋祐介

柿谷曜一朗、杉本健勇が復帰、ソウザや松田陸ら即戦力も獲得しJ1復帰を目指す。すると開幕から8戦負けなしと首位争いを展開。夏には山口蛍がドイツから帰国するなど戦力アップを図り2年連続で昇格プレーオフへ進出。決勝の岡山戦では新加入の清原翔平が決勝弾を決め、J1昇格を決める!この年よりU-23がJ3リーグへ参戦開始。

[監督]大熊清
[主な選手]松田陸、丸橋祐介、杉本健勇、山下達也、ソウザ、キム ジンヒョン、田中裕介、山村和也、リカルド サントス、山口蛍、清原翔平

清武弘嗣
ソウザ

尹晶煥がクラブOB初の監督就任。2月には清武弘嗣がスペインから戻り、杉本健勇がシーズン通して大活躍し自身最多の22得点。チームはJ1復帰初年度で3位となりACL出場権を掴む。カップ戦ではルヴァンカップ、天皇杯ともに優勝し、1994年のJリーグ参入以降初めてのタイトル獲得となった。

[監督]尹晶煥
[主な選手]丸橋祐介、マテイ ヨニッチ、柿谷曜一朗、ソウザ、木本恭生、山口蛍、キム ジンヒョン、松田陸、杉本健勇、山村和也

水沼宏太
松田陸

W杯ロシア大会開催のこの年は、天皇杯王者としてリーグ王者の川崎Fと富士ゼロックススーパーカップを戦い優勝し幸先の良いスタートを切ったが、リーグ戦7位、ルヴァンカップベスト8、天皇杯4回戦敗退、ACLグループステージ敗退と、いずれも厳しい結果となった。なお、5月に社名を「株式会社セレッソ大阪」へ。12月にはクラブ創設25周年を迎えた。

[監督]尹晶煥
[主な選手]マテイ ヨニッチ、キム ジンヒョン、山口蛍、高木俊幸、丸橋祐介、松田陸、杉本健勇、山村和也、山下達也、水沼宏太

奥埜博亮
ブルーノメンデス

ロティーナ新監督のもと、開幕戦に勝利するも、その後の序盤戦は苦しい戦いが続く。それでも夏場には鈴木孝司加入直後からリーグ4連勝するなど、チーム一丸となって粘り強く戦う。勝ち点差4でACL出場権の3位以内には届かなかったが、リーグ戦は5位で終え、天皇杯は4回戦敗退、ルヴァンカップはプレーオフステージ敗退となった。

[監督]ロティーナ
[主な選手]キム ジンヒョン、マテイ ヨニッチ、丸橋祐介、松田陸、木本恭生、奥埜博亮、藤田直之、清武弘嗣、ブルーノ メンデス、柿谷曜一朗、鈴木孝司

1993

セレッソ大阪の軌跡

年度 所属 順位 入場者数 試合 勝点 勝利 引分 敗北 Jリーグ杯 天皇杯 その他公式戦
1994 旧JFL 優勝 - 30 - 26 - 4 1回戦敗退 準優勝 -
1995 J・1st 9位 8位/14 314526 26 41 13 - 13 - 2回戦敗退
J・2nd 10位 26 37 12 - 14
1996 J 13位/16 123,437 30 30 10 - 20 予選敗退 4回戦敗退
1997 J・1st 11位 11位/17 146448 16 19 7 - 9 4回戦敗退
J・2nd 8位 16 24 9 - 7
1998 J・1st 9位 9位/18 167680 17 23 8 - 9 3回戦敗退
J・2nd 13位 17 21 7 - 10
1999 J1・1st 5位 6位/16 153243 15 29 10 0 5 2回戦敗退 4回戦敗退
J1・2nd 5位 15 24 9 0 6
2000 J1・1st 2位 5位/16 203221 15 29 10 0 5 2回戦敗退 ベスト8
J1・2nd 9位 15 19 7 8 0
2001 J1・1st 14位 16位/16 177857 15 11 3 2 10 1回戦敗退 準優勝
J1・2nd 16位 15 12 5 0 10
2002 J2 2位/12 174,951 44 87 25 12 7 - 4回戦敗退
2003 J1・1st 5位 9位/16 207813 15 25 8 1 6 予選敗退 準優勝
J1・2nd 12位 15 15 4 3 8
2004 J1・1st 16位 15位/16 214844 15 10 2 4 9 4回戦敗退
J1・2nd 12位 15 16 4 4 7
2005 J1 5位/18 300020 34 59 16 7 11 ベスト8 ベスト4
2006 17位/18 221,438 34 27 6 19 9 ベスト8 4回戦敗退
2007 J2 5位/13 159044 48 80 24 8 16 - 4回戦敗退
2008 4位/15 221,629 45 69 21 15 6 4回戦敗退
2009 2位/18 247,796 51 104 31 9 11 2回戦敗退
2010 J1 3位/18 255,439 34 61 17 7 10 予選敗退 4回戦敗退
2011 12位/18 240465 34 43 11 10 13 ベスト8 ベスト4 ACL2011
ベスト8
2012 14位/18 287524 34 42 11 9 14 ベスト8 ベスト8 -
2013 4位/18 319,928 34 59 16 11 7 ベスト8 4回戦敗退
2014 17位/18 367651 34 31 7 10 17 ベスト8 ベスト8 ACL2014
ベスト16
2015 J2 4位/22 256880 42 67 18 13 11 - 1回戦敗退 昇格PO
決勝敗退
2016 4位/22 262691 42 78 23 9 10 3回戦敗退 昇格PO
優勝
2017 J1 3位/18 356,491 34 63 19 6 9 優勝 優勝 -
2018 7位/18 319,782 34 50 13 11 10 ベスト8 4回戦敗退 ACL2018
GL敗退
スルガ銀行
CS準優勝
ゼロックス杯
優勝
2019 5位/18 365,810 34 59 18 5 11 プレーオフステージ敗退 4回戦敗退 -

桜スタジアム

「大阪のみんなで、大阪のみらいに、世界に誇れる、世界がうらやむ、スタジアムを贈ろう。」を掲げ、いろいろな年齢・世代の人たちが、誰もが気軽に楽しみ、スポーツ活動を通じた地域のコミュニケーションづくりを活性化させることのできるスタジアムを目指します。2021年3月の完成予定。

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